志葉玲タイムス

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【今日の一言】ローラさんらを叩く風潮と、安田純平さんバッシング、難民ヘイトの共通点

news.yahoo.co.jp  アマゾン大規模火災に警鐘を鳴らしたローラさんやブルゾンちえみさんの写真「誤用」を叩く風潮ってさ、シリアで拘束されたジャーナリストの安田純平さんを叩く風潮にも通じるものがあるよね(もっとも、安田さんへのバッシングは遥かに苛烈なものであったけど)。

何が言いたいかというと、その人の善意や実績を評価せず、何か一つでも過失らしきものがあれば、その大小にかかわらず、その人自体を全否定して、どんなに叩いてもいい、という風潮。これおかしいし、危険。

間違いは勿論ない方がいいが、人は間違いを犯すもの。その間違いがどのような被害や損失を他者や社会に与えたのか、他方、その人の行動がどのような善意に基づいていたのか、その人の行いや、或いは行ってきたことが、人々や社会にどのような良い影響を与えたか。そこは、細かく見ていく必要があると思うよ。

間違いがあったからと言って、その間違いに対する過剰なバッシングしたり、重すぎるペナルティーを課すことに何の躊躇もしない社会は恐ろしい。例えば、横断歩道で赤信号なのに渡ったからと言って、いきなり絞首刑にされたら、おかしいよね。でも、安田さんの場合、誘拐という犯罪行為の被害者であるのに、救済されるどころか、奪われたパスポートを再発行してもらえない。つまり、憲法上保証されているはずの「居住移転の自由」「表現の自由」等の権利を奪われてしまっている。それに対して自称「政治ジャーナリスト」の人が、「政府の対応は当然」的なことをコメンテーターとして言う。それはおかしくないか?安田さんが拘束されたことで、彼の憲法上の権利を奪うという、極めて重大なペナルティーを課す程の損害を日本の誰かや日本の社会に与えたのか?答えはノーだろう。

今回の写真「誤用」*についてのバズフィードやハフポストの記事や、それに対するメディア関係者の反応も、上記した風潮の延長線にないかな?ある記者は、ローラさんやブルゾンちえみさんを擁護する志葉の記事に、「事実に基づかない善意ほど恐ろしいものはない」とコメントしていたけど。いや、ローラさんやブルゾンちえみさんの写真「誤用」で誰か重大な損害を受けました?どう考えても、アマゾン熱帯雨林の大規模火災の方が大問題でしょう。そこのバランス感覚がないことがおかしいと思う。

*本件の「誤用」という解釈についても、言いたいことはあるので、リンク先記事をご参照。

あと、メディア関係者含め、日本の皆さんは「事実に基づかない善意ほど恐ろしいものはない」的な主張が大好きだけど、今、世界で問題になっていて、かつジャーナリズムがたたかっているのは「事実に基づかない悪意」。つまり、トランプ大統領、ボルソナロ大統領、安倍首相とかの様な振る舞いに対してだよ。忖度してる場合じゃないよね。

今の日本社会にある風潮には、善意の人々の揚げ足取って叩くことを楽しんでいるところすらある。場合によっては、その人の全てを否定し、活動停止にまで追い込む。その一方で、本当に怒るべきことに怒らず、本当に検証すべきこと、ファクトチェックすべき嘘を野放し。これじゃ、世の中は良くならないよ。そういう思いもあって、今回、リンク先の記事を配信したのさ。

追記:これ書きながら思ったのだが、難民に対する入管の人権侵害やそれを支持する人々の傾向にも通じるところがあるよね。つまり、「在留資格がないのだから収容は当たり前。酷い扱いを受けても自業自得」的な。いや、在留資格がないからと言って、無期限に拘束したり、精神的・肉体的に虐待して自殺や自殺未遂に追い込んだり、医療を受けさせない挙げ句、病死させたりしてよい訳がないから。そもそも、難民条約に加盟しているのに、日本の難民認定がお粗末過ぎだし。

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