志葉玲タイムス

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朝日「論座」と想田監督の妄想を叱る―ウクライナを知らずして、同国を語ることなかれ

破壊された住宅地を取材中、猫が寄ってきた。飼い主が殺されたか、避難したのか?ロシア軍による虐殺が行われたブチャにて志葉が撮影

 朝日新聞社が運営するウェブマガジン「論座」に、「非暴力抵抗こそが侵略から国民を守る~非武装の精神で戦争の根を断て 想田和弘と語る(前編)」という記事が掲載された。想田和弘監督のこれまでの発信は、志葉も敬意を持って拝読してきたのではあるが、彼のウクライナに関する言動には、流石に、指摘せざるを得ないものがある。インタビュアーである、石川智也・朝日新聞記者の認識についても同様だ。

webronza.asahi.com

 この記事は、石川記者が想田監督にインタビューするかたちで、侵略に対し、どのような抵抗をすべきなのかを議論するというもの。志葉も、記事中紹介されるような、ジーン・シャープ博士(マサチューセッツ大学名誉教授)の非暴力抵抗に関する理論を学ぶこと自体は有意義なことかと思うし、ウクライナ危機に便乗した火事場泥棒的な改憲論を批判することは必要だと感じている。ただし、ウクライナについて深く学ばず、「話題になっているトピック」だからと便乗するかたちで、持論のダシにするような言説に対しては、現地を取材した者として、強い違和感を感じるし、批判せざるを得ない。

 「論座」の記事の最大の問題点は、ウクライナ情勢を語りたいのか、それとも非暴力抵抗の理論を語りたいのかが不明瞭な上、お世辞にも正確とは言えない認識でウクライナで起きていることについて論じていることだ。記事中、想田監督は「僕が論じたいのは、ウクライナの選択というより、日本の選択についてなんです」と述べているが、記事中のウクライナ情勢への言及は多い。例えば、ロシア軍によって今年3月に占拠されている間、同軍による住民虐殺が行われていたウクライナの都市ブチャについて、想田監督は記事中、「ウクライナは、国家としては武力による抵抗を選んでいます。非暴力だから虐殺が起きたわけではなく、武装抵抗の帰結として虐殺事件が起きてしまっているわけです」と述べている。つまり、ブチャでの虐殺はウクライナが武装抵抗を選んだから、と決めつけているのだ。

 

 だが、実際には、ブチャでは明らかに非武装の住民達が殺害されるケースが相次いだ。拙著「ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言」(あけび書房)でも現地取材に基づき書いたが、電気・ガス・水道などのライフラインが破壊されたブチャで、住民達は、水を求めて屋外に出ざるを得なかった。そうした、どう見ても非武装の市民達を、ロシア軍のスナイパーや兵士達は問答無用で銃殺したのだ。

amzn.to

 上述の想田監督のコメントの前振りとして、石川記者は、以下のように述べているが、これも酷い。

侵攻直後、ウクライナでは国家が市民に戦闘参加を呼びかけ、希望者に銃を配りました。正規軍なら指揮命令系統もはっきりしていますが、義勇兵のような非正規の戦闘員は、無辜の市民との区別がつけづらい。戦闘員と非戦闘員を明確に分けて扱うことが戦時国際法(国際人道法)の原則のはずですが、ゼレンスキー大統領はそれを自らあいまいにして国民を戦争に動員した面があります。

 要するに、ロシア軍が民間人を殺しているのは、ゼレンスキー大統領が市民に抵抗を呼びかけたから、と石川記者は主張しているのであるが、これも非常に粗雑な決めつけである。詳しくは前述の拙著を参照していただきたいのであるが、ロシア軍はウクライナ第二の都市ハルキウに対し、砲撃やロケット弾による無差別攻撃を連日、繰り返している。これにより、住宅地や学校、保育園、病院なども破壊され、当然、一般市民も死傷している

ロシア軍の攻撃で損壊した小児科病院を撮影する筆者 ウクライナ北東部ハルキウにて

 国際人道法は、一般市民の殺害につながる無差別攻撃を禁じ(ジュネーヴ条約第一追加議定書第4編第51条4-5)、「いかなる武力紛争においても、紛争当事者が戦闘の方法及び手段を選ぶ権利は、無制限ではない」(ジュネーヴ条約第一追加議定書第3編第1部第35条1)。としている。つまり、ゼレンスキー大統領が市民に抵抗を呼びかけたことは、ロシア軍が行っている国際人道法違反の原因にも、正当化する根拠にも、断じてならないということだ。辛辣かもしれないが、石川記者は付け焼刃的な認識で国際人道法を語ることを慎むべきだろう。

 また、石川記者は、記事中で、以下のように述べているが、そもそもの認識がロシア側の主張に毒されている気がしてならない。

ロシアの侵略や戦争犯罪を強く非難することと、侵攻の背景を冷静に複眼的に見ようとすることは両立する。親ロシア政権が倒れた2004年のオレンジ革命や14年のマイダン革命にアメリカが果たした役割や、NATOの東方拡大の問題などに触れるだけで、「ロシアを擁護するのか」と批判が飛んできます。

 「NATOの東方拡大がロシアの侵攻を招いたと思うか?」と、ウクライナ の人々に聞くと「何をバカなことを」と鼻で笑われる。やはり、拙著で解説したので、詳しくはそちらを参照してほしいのだが、ウクライナ東部の、いわゆるドンバス地方へのロシア側による露骨な工作や軍事介入など、ウクライナの人々にとっては、今年2月、突然、ロシアの侵略が始まったのではなく、2014年の時点でそれは始まっていたのである。これらは、「侵攻の背景を冷静に複眼的に見よう」とするならば、当然、知っておくべきことだ。

 既に述べたように、非暴力抵抗に関する理論について論じること自体は有意義なことだろう。それだからこそ、実際の事例-ウクライナへのロシアの侵攻について言及するのであれば、現地で起きていることへ誠実に向かい合う姿勢が求められるのだ。

(了)

「ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言」(志葉玲・著/あけび書房)

 

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