志葉玲タイムス

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なぜ「ブルーインパルスに感動」してはいけないのか?医療危機よそに安倍プロパガンダに踊るメディアの愚

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    ブルーインパルス 首相官邸のフェイスブックページより

 昨日29日、航空自衛隊の曲技飛行チーム「ブルーインパルス」が東京都心の上空を航行した。「新型コロナウイルス感染症の治療に当たる医療従事者らに謝意を示す」というパフォーマンスなのだと言う。マスコミ各社は、これを好意的に報道。ツイッターなどのSNSでも、「感動した」との称賛の声が多数投稿された。

  ただ、志葉はというと、いろいろな意味で呆れていた。そもそも、ブルーインパルスが飛ぶことが、なぜ「医療従事者への感謝」につながるのかが意味不明だ。新型コロナ禍では、政府の対応の遅れが医療従事者を追い詰めている。「優先的に配る」とされたマスクも、医療現場にはほとんど届かず、現在も医療用マスクは不足している有様だ。

 また、感染リスクを避けるため外来患者が減少しているなどの影響もあり、多くの病院が経営危機に陥っており、倒産寸前の病院すらあるのだという。医療5団体でつくる医療団体連絡会議(医団連)は、今年4月末に会見を行い、医療機関を救うための公的支援を求めた。今月28日には、安倍晋三首相や加藤勝信厚生労働相あてに、緊急要請書を提出。重ねて医療機関への支援を訴えた

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 安倍政権が本当に「医療従事者に感謝」を示すのであれば、医療物資の不足へもっと真剣に対応し、倒産寸前の医療機関へ公的支援を行うべきだろう。ブルーインパルスが飛んだからと言って、何の助けになるというのだ。

 結局のところ、ブルーインパルスを飛ばしたことは、安倍政権のイメージアップのためのプロパガンダ(政治的宣伝)に過ぎない。だが、そのプロパガンダを今回、マスコミ大手の報道のほとんどは、嬉々として取り上げた。ジャーナリズムの役割の中で最も重要なものの一つが権力を監視することであるが、安倍政権のプロパダンダの片棒を担ぐことに何の疑問も感じていないようだ。北朝鮮情勢を報じる際、日本のテレビ報道では、必ずと言ってよい頻度で、軍事パレードやマスゲーム等の映像をイメージとして使用、視聴者に「独裁政権のプロパガンダに洗脳されている北朝鮮の人々」という印象を与えるわけなのだが、それと大して変わらないことを自分達もやっている自覚が、日本のメディア関係者達にこそ必要なのではないか。


 また、日本のメディア関係者が大好きな「中立公正」「不偏不党」という建前も、今回のプロパガンダの前には霧散する。ブルーインパルス飛行に「感動した」という声も多くあったことは事実であるが、一方で「そんな予算があるなら医療現場へ使うべき」との指摘もSNS上で多数あった*。せめて、日本のメディアのお得意の両論併記をやれば良いものの、メディアが紹介するのが「感動した」という声のみだ。

*ブルーインパルス飛行を痛快に皮肉った投稿も。こうしたものも紹介したら良いのではないか。

 

 

 また、沖縄の人々からは”自衛隊機見て「わぁ、カッコいい♡」ってなれる感覚ある意味うらやましいよ。毎日毎日毎日毎日毎日毎日見てて、戦闘機が通る度にうるさくて声が通らなくてイラっとしたりする私たちからしたらなんだかパラレルワールドだ”といったような、置かれている環境の違いを皮肉る投稿も相次いだ。

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 大手マスコミの在日米軍基地報道の多くが東京からの目線であり、基地被害に苦しむ沖縄の人々に寄り添ったものでないことは、指摘され続けていることであるが、今回のブルーインパルス飛行についての報道も、「本土」と「沖縄」の溝を改めて感じさせるものだった。

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 プロパガンダへの疑問を持たないどころか、嬉々としてその拡散に協力する日本のメディアの振る舞いに、安倍首相は「チョロいな。よし、この手で行こう!」とほくそ笑んでいることだろう。ナチスがベルリンオリンピックを活用したように、プロパガンダというものは、高揚感をもたらしてナンボなのだ。権力側の狙い通り高揚感に踊らされるのではなく、そのプロパガンダの危うさや意図を見抜き、人々に伝えることこそが、ジャーナリズムの役割なのである。

(了)

 



 

 

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